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2016年8月14日日曜日

神経発達症の人のための人間関係マニュアル06(L.カナーの成功例00)

ごぶさたしておりました。ブログ管理担当者のまさぞうです。

陽明学の話がもう一つのこっているのですが、下調べに時間がかかるため、「人間関係マニュアル05」は後日アップすることにして、別のトピックに移ることにします。

これからしばらくは、自閉症の発見者,米国のL.カナー先生の症例報告を紹介します。「幼児期に明らかな自閉症の特徴を呈したが,その後良好な社会適応を果たした12例」です。

これは,能力の高い自閉症の人たちが成人して社会に出た時にどんな問題が生じるか,という実例を数多く紹介した好著,P.ハウリン著「自閉症 成人期に向けての準備」ぶどう社の記事から出発します。

「自閉症 成人期に向けての準備」では,自閉症研究の歴史をふりかえる中で,この分野の第一人者であるL.カナー(Leo Kanner: 1894〜1981)先生の追跡研究を紹介しています。

カナー先生は1943年に米国のジョンズ・ホプキンス病院で自ら診察した特徴的な11人の子供達についてのレポートを発表し,それを「幼児自閉症」と名づけました。
さらにカナー先生は1930-50年代に幼児自閉症と診断した96名のケースを,その後約20年間にわたってフォローアップし,1971-1972年にその追跡調査の結果を発表しています。つまり「自閉症の子供が大人になったらどうなるか?」ということを20年かけて研究したのです。

そこでは幼少期には他の自閉症児とまったく違わなかった96名中12名のケースが,思春期以降に大きな成長を遂げ,専門的援助なしで良好な社会適応を果たした,と報告されています。
あえて誤解を恐れずに言えば,「非常に重症なカナーの自閉症でさえ,その約1割の症例は独力で治る」という事実が,自閉症の発見者であるカナー先生自身から報告されているのです。

正確には最も成功した1例(ロバート・F)が
Proc Annu Meet Am Psychopathol Assoc. 1954-1955:227-39; discussion, 285-9.Notes on the follow-up studies of autistic children.Kanner L, Eisenberg L.
に紹介され(これは1950年代の論文です),

2例(ドナルド・Tとフレデリック・W)が
J Autism Child Schizophr. 1971 Apr-Jun;1(2):119-45.Follow-up study of eleven autistic children originally reported in 1943.Kanner L.
に記載され,

他の9例は
J Autism Child Schizophr. 1972 Jan-Mar;2(1):9-33.How far can autistic children go in matters of social adaptation?Kanner L, Rodriguez A, Ashenden B.
で見ることができます。

まさぞうの見解では,この追跡研究は21世紀の現代においても非常に大きな意味を持つと思います。

まず,重症な自閉症が「専門的援助なしでも治る」という事実です。「治る」という表現に問題があれば,「良好な社会適応を果たした」ということになるでしょうか。ロバース法のような例外を除き,一般には完全に普通の人と同じになるのは難しいとされていますので。カナー先生の基準では,おおまかに「一般就労ができる」あるいは「一人暮らしができる」といったところが,良好な社会適応と判断する条件のようです。

カナー先生が発見した自閉症は,今でいう「自閉スペクトラム症」の一部です。幼少期から言語能力の問題,他者との感情的交流の乏しさ,繰り返しを好むなどの明らかな特徴がみられ,「カナータイプ」ともいわれるこの古典的自閉症の発現頻度は,カナー先生が非常に厳密に診断基準を適用したこともあって,2千人に1人とも5千人に1人とも言われていました。

(カナー先生の厳格な診断ぶりについてはTEDビデオ

忘れられていた自閉症の歴史

をごらん下さい。)


現在,カナー自閉症を含む自閉スペクトラム症の出現頻度は,約1%(100人に1人)といわれています。つまりカナー先生の報告した「成功した12例」は,最近見つかってくる軽い自閉スペクトラム症にくらべて,約20倍も重症(?)といえるかもしれません。

しかも当時,自閉症は発見されたばかりです。当然,今日のTEACCHプログラムのような支援システムはありませんし,治療・援助の方法もまったく分かっていませんでした。12人の自閉症児は完全に独力で,試行錯誤と工夫努力の結果,社会の中での自分の居場所を確保したのです。

さて,今回なぜこの40年以上も前の古風な症例報告を紹介するのでしょうか?それは現代に生きる自閉スペクトラム症の皆さんに,「自閉症者にとってお手本となるライフスタイルの実例」を提案したいと思ったからです。

現在,自閉症に対する研究が進み,幼少時から明らかに普通と違う重症自閉症児に対しては,特別支援教育などの援助が手配されます(幼児期には早期集中行動介入のような特別な方法もあります)。
ところが幼少期には異常があまり目立たず,学校もそれなりに卒業したが,仕事がどうもうまくいかない,といった能力の高い(あるいは程度の軽い)自閉スペクトラム症の人たちは,既成の生活・就労援助の枠組みに入れず,困ってしまうことがあります

つまり,すでに療育の時期は過ぎていて,教育的対応を受ける年齢ではありません。職場での不適応は明らかながら,「仕事は期限までに終わらせましょう」といった基本的な社会的スキルは(いちおう頭では)理解しているので,通常の就労支援プログラムはレベルの面で物足りない,という人たちです。

彼らは多くの場合,知的能力には問題ないのですが,コミュニケーションがうまくとれない,人間関係が苦手,応用・融通が利かないなどの問題を抱えて,悩み苦しんでいます。自閉症の程度が軽いからといって,その苦しみの程度が必ずしも軽いとは限りません。しかも場合によっては障害の程度が軽いために,かえって種々の社会的援助の対象外になり,まったく外からの援助なしで自分の障害と戦っていかなければならない場合もあるのです。

これから御紹介する12例の自閉症者は,今日の基準から見ると非常に重い障害をもちながら,専門的援助なしで社会の中での居場所を確保した,とても偉い人たちです(まさぞうの個人的意見)。カナー先生はこの追跡研究で「自閉症の『自然経過(natural history)』が明らかになるだろう」と言っています。カナーの成功した12例のライフスタイルを研究すれば,現代の自閉症者にとっても失敗・ストレスの少ない生活スタイルが見つかるのではないでしょうか。

これから紹介していくケース報告は本当にナマの実例ばかりなので,そこから何を学ぶかは読者それぞれで異なると思われます。
カナー先生自身は論文の考察に,「良好な社会適応を果たしたケースでは,十代の半ばで著しい変化が生じた。彼らは他の多くの自閉症の子供達と違って,自分のおかしな所に気づいて困惑し,それを何とかしようと意識的に努力し始めた。そしてその努力を年齢とともにさらに強めていった。例えば彼らは『若者は友達をつくるものだ』ということを発見し,自分には通常の友達関係を作るのが難しいと自覚すると,自分の得意分野を利用して他者とコミュニケーションをとる(知り合いを作る)という戦略をとった」と書いています。
まさぞう自身の感想・見解は,全例終了後にお示しする予定です。

1〜2週に1症例のペースで紹介していきたいと思いますが,実際にはなかなか難しいかもしれません(笑)。では自閉症の偉大な先人達の生きざまを,じっくりと見ていきましょう。

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