病院の中庭です。春には一面タンポポの花が咲きます。当医局が「お花畑」状態という意味ではありません。念のため。

2016年1月2日土曜日

神経発達症の人のための人間関係マニュアル04

おひさしぶりです。
ブログ管理担当のまさぞうです。

今回は陽明学の話になります。

陽明学というのは,中国の明の時代に生きた
王陽明(おう ようめい [14721529]という人が始めた儒教の一派です。
「何だ,また古くさい儒教のお説教か」といわないで下さい。
確かにこのブログでは「人間関係のマニュアル」
というタイトルでありながら
儒教の経典の話が繰り返し出てきます。

これはなぜかといいますと,
実は儒教(儒学)というのは本来,
宗教や哲学というよりも,
現世での処世術(社会生活のマニュアル)に近い学問思想なのです。

儒教の創始者である孔子(こうし)[BC552〜BC479]は
今から約2500年くらい前の人ですが,
この人は優れた学識,人格と政治的手腕を持ちながら,
生涯のほとんどを浪人あるいは私塾(教団)の教師として過ごしました。

孔子の教えが世に広まったのは,
御本人の業績というよりむしろ優秀な弟子たち
子貢子路冉有といった人たちが有名です)
が諸国で高く評価され,
その人達が師匠である孔子先生のことを
宣伝したからだともいわれています。

その教えの内容はごく大雑把にいえば,
孔子先生自身の言行録(論語)のほか,
孔子がお手本とした周国が盛んだった頃の
政治・歴史などに関する文書(六経)を勉強することで,
優れた人物(君子)になろうということです。

仏教のように悟りを開くことを目指したり,
キリスト教のように来世での救済を期待したりするのではなく,
今ある社会組織の中でどう生きていくかを考える,
そういう意味では儒教はそのまま
社会生活のマニュアルといえなくもありません。

儒教は創始者孔子の死後,時の政権に迫害されたり
保護されたりという経過をへて,孔子から約1600年たって
宋代の朱熹(しゅき)[1130-1200]に至ります。
朱熹(朱子)はどちらかというと断片的・経験的・直観的であった
儒教の経典を整理・統合し,体系的哲学として完成させました。

この朱熹を始祖とする「朱子学」は
やがて中国の官吏登用試験の正式科目となり,
圧倒的権威を持つようになります。
また日本でも徳川幕府の正学(正式な学派)として認められ,
江戸時代の武士の精神構造を支える背骨となります。

朱子学の基本はごく簡単にいえば,
「儒教のテキスト(四書など)を広く深く読み込んでいくことで
人格を向上〜完成させ,最終的に聖人の境地に至る」
というところにあります。

道徳面で特に重視されたのは親子関係における「孝」で,
これは上位者に対する下位者の恭順(おとなしく従うこと)ですから,
いわゆる体制維持のためには非常に好都合な教えになります。
明でも清でも徳川幕府でも,朱子学が正式な学問となったのは,
こうした精神的な反抗(革命)防止の面が否定できません。

前置きが長くなりましたけれども,
西郷隆盛勝海舟をはじめとした幕末の武士たちが
精神的支柱とした陽明学は,この朱子学を背景として生まれました。

陽明学の基本は,
「聖人に至る道は,朱子学で重視する読書学問ではない。
人間にはもともと『良知』という,
天理・聖人と同質のものが心の中に備わっている。
この『良知』を実践すれば,
(この『良知』に従って生きれば)
難しい書物を読まなくても,
聖人の境地に達することができる」
ということです。

つまり難しい本をたくさん読まなくても,
自分の心の中にある良い部分に従って生きれば,
誰でも理想的な人物になれる(可能性がある)
ということです。

まさぞうのような凡人でも,
このブログをお読みの皆さんでも,
また神経発達症(発達障害)をお持ちの皆さんでも,
工夫・努力次第で理想的人物になれるということですから,
これはかなりおいしい話ではないでしょうか?

ちなみに陽明学の創始者王陽明
結核にかかって健康には恵まれなかったものの,
儒者には珍しく戦争指揮の能力があり,
数々の反乱を鎮圧して文武両道の才を示し,
「豪傑儒」とも呼ばれています。
(ただ外見は漫画ドラえもんに出てくるのび太君のようです。)

この陽明学は,江戸時代末期には
武士の正式科目(表の学問)である朱子学に対して
「裏の学問」とも呼ばれ,見込みのある学生限定で
ひそかに伝授されたケースもあったそうです。

内容的には別に秘密でも何でもありませんが,
幕府の正式学問ではなく,また社会的権威よりも
自分の心を信じるというところが
個人的には独善的態度,
また社会的には体制変革につながる可能性があると
考えられたのかもしれません。

また江戸時代の終わりに大阪で反乱を起こした
大塩平八郎が陽明学の有名な学者であったことも
危険思想(?)とにらまれるきっかけとなったでしょう。

この大塩平八郎はもと江戸幕府の優秀な役人でありながら
幕府の非道な政策に憤って反乱を起こしたという経緯から,
幕末の心ある人達からは義人として非常に高く評価されていたようです。

いずれにせよ,陽明学という儒教の一派があって,
その教えによれば難しい本をたくさん読まなくても,
自らの心の中にある「良知(良い心)」に従って生きることで
素晴らしい人間になれる(可能性がある)と言われていること,
またそれを実際に行って優れた人物になった例が
歴史上かなりいた,ということです。

学問知識よりも実践を重んじる陽明学の教えは,
現代に生きる私たちにも役立つと思うのですが,
いかがでしょうか?